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Chuckanut Ridge 50k

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昨日は一月最初以来の50キロトレイル大会に参加してきた。カタカナにするとチャカナットで良いんだろうか。
 
 
この大会はまさにその前回のトレイル大会が開かれる当日に申し込んだ。朝8時の申し込み開始でわずか4~5時間で300名の参加枠が埋まってしまったらしい。前回のトレイル大会はスタートが午後3時だったので今回の大会に『今日、申し込もうと思ったらもう埋まっていた』ということを話しているのを何度か耳にした。普通だとこちらで即座に埋まってしまうような大会はほとんどないのだけどこの大会は特別らしい。この大会のことを教えてくれた友人によると『州外からも参加者がわざわざやってくる大会で伝説的な大会だ』みたいなことだった。実際に走ってみたのだけど素晴らしいコースだった。その教えてくれた友人は今回スイーパーと呼ばれるボランティアとして参加する予定だったのだけど怪我をしてしまったということを当日別の友人から聞いた。スイーパーというのはコースを一番最後に走って事故があったりしないことを確認する役だ。つまり彼らと一緒に走るということはレースの一番最後を走っているということになる。その別の友人もスイーパーだそうで、彼とは何度か一緒に大会に出て走ったことがあるのだけど、今回は20分後にスタートした彼に追いつかれないように気にしながら走った。
 
コースは最初の10キロがほぼ平坦な砂利道でその後山道に入ると思っていたのだけど、数キロ走ったところでいきなりアップダウンを含んだ山道になった。近くにいた人に『最初の10キロは平坦じゃなかったけ?』などときいたら自分でもそう思っていたと教えてくれたので自分だけじゃなかったようだ。10キロほどのところに最初の補給所があってそこを過ぎたところから本格的な山道に入る。こちらの大会はトレイルランというと舗装路ではない大会を指すので場合によっては平坦なコースであることが結構ある。2月の大会がまさにそれで、平坦というには余りに平坦なコースだった。今回のコースは平坦な場所もあるものの途中は起伏に富んだ思いっきりの登山路を中心としたコースだった。10キロを過ぎたところからの山道は結構上り坂はあるものの何とか走れる角度だった。とても走れるような傾斜ではない場所もところどころあるものの何とか無事に二箇所目の補給所に到着した。そうしたらどこからか『Takao~』という掛け声が聞こえてくる。こんな場所で声を掛けてくれるのは誰かと思ったらこの大会を紹介してくれたRさんだった。故障でスイーパーとして出れなくなったものの補給所に来ていたらしい。軽く挨拶を済ませて先に進む。
 
そこからは車が走れるような林道をずっと登っていった。これもひたすら登り坂なので結構厳しい。それをしばらく行くともうひとつ補給所があり、そこで「次の補給所は8マイル(13キロ弱)先だよ。」と告げられる。250ミリリットルていどの水筒を三本持っていたのだけど、一本は空のままにしてしまった。ちなみにスタート時点では一本しか水を入れずにスタートしている。最初の10キロ程度は水をほとんど必要としないからだ。さて三箇所目の補給所走り出してすぐ間違いに気が付いた。500ミリリットルじゃ足りない。
 
この第三補給所を過ぎてからの6キロ程度がこのコースのハイライトだ。この大会の名前にもなっているチャカナット尾根トレイルというコースで景観が素晴らしい。それでも特にコースの右側はかなり急な斜面になっているので気をつけて走った。心配なのは水で、出来るだけ前半を最初の250ミリリットルで済ませないといけない。この素晴らしいコースを走っていると尾根が終わってくだりになって、Uターン地点のような場所にたどり着く。そうしたらそこで地図に記載されていない補給所があった。補給所といっても人が一人いるだけで、食料はない。それでも水があったのでその水を水筒に補給した。これが無かったら途中で脱水症状を引き起こしてしまっていたかも知れない。本当に感謝だ。そこからはまた林道のような道で走ってきた尾根を右にみながら南下する。この林道が終わったあたりにもうひとつ地図に記載されていなかった補給所があった記憶がある。今地図を見てもその辺が微妙に入り組んでいるのでわからない。はっきり覚えているのは最後のあたりに予想していなかった思いっきり急な上り坂があったということだ。Chinscraperつまり顎が地面について削ってしまうような急坂で、これは休まず歩くだけで精一杯だった。トップグループは走って登ったのだろうか。
 
32キロぐらいにある補給所を過ぎてからは林道の下り坂が続いた。登り坂に比べたらはるかに楽ではあるものの長い下り坂というのはかなり厳しい。そこから最後の補給所までは数キロだと思っていたのだけど、7キロあったことが後で分かった。数キロだと思って走っていたのでなかなか着かないのが辛かった。それでもどうにかその長い坂を下り終えて最後の補給所にたどり着いた。40キロ地点にある最後の補給所は最初の補給所と同じ補給所だ。この補給所まで戻ってきたときにちょうど7時間掛かってしまっていたので、タイムリミットの8時間ではゴールできないことが明白になった。そこで補給所の人にそれを話してみたら『そんなことは気にする必要はないし、ゴールではきちんと計測する人とかも残っているから安心して走りなさい』と言ってくれた。そこで最後に三つの水筒を満タンにしてゴールを目指す。
 
途中に一部山道はあるというもののほぼ平坦なこの最後の区分は割りと楽だったのだけどその地点までですっかり体力を消耗してしまい、平坦な道なのに途中で何度も歩いてしまった。一マイルあたり9分程度で走れても良いのだけど疲れがピークに達していて結局マイル15分程度のそれこそ歩くようなスピードで最後の区間を終えた。ゴール8時間40分だった。それでもまだゴール地点にいた人たちが大歓声で迎えてくれた。
 
ゴール地点にあるトイレの洗面所で顔をきれいに洗って車を停めてある地点まで戻った。足がだるかったのだけど、歩けない訳ではなかったし、帰路の1時間40分程度も何とか車を運転して戻ってくることが出来た。一日経った今、筋肉痛で足が痛い。4月の大会は未定なのだけど何かしら参加しようと思っている。それまでにもう少し長距離の練習をして42キロなり50キロなりのコースをきちんと走りきれる足にしておきたいと思う。それにしてもやっぱり今回のような本格的な登山道を含んだコースは楽しい。またこういう大会に参加してみたい。

Written by takaos

March 21, 2010 at 11:33 pm

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使っていない筋肉

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今日は足が筋肉痛になってしまった。
 
それなりにジョギングを続けているので足にくるとは思わなかったけどスポーツによって使う筋肉・または鍛えられる筋肉は全く違うようだ。
 
週末は少年野球のコーチの手伝いをした。昨年の秋以降は全く野球のボールに触っていなかったのでボールはまともに投げられない。それでもキャッチングならなんとかなるのでそれを中心に土曜日に一時間半、日曜日にも二時間ほど手伝った。思えば、昨年の夏から秋に掛けてはボールが少し外れた所にきて捕ろうとすると、それだけで右肩に激痛が走ったのだけどそれは解消している。とっても嬉しい。左利きなので投げるときに使う左肩は大丈夫なのだけど、まともに投げるカンを取り戻すまでには数週間掛かってしまうかも知れない。まあまともに投げられるようになっても投げられる距離なんてたかが知れているのだけど。
 
子供たちが投げてくるボールを捕るだけの作業だったのだけど、エラーしてしまえば捕りに行って地面に落ちているボールを拾わなければならないし、ショートバウンドの返球も腰を低くして捕ったりといった動作をずっと続けていたらしい。考えてみたらスクワットの動作をずっと繰り返していた訳だ。そのおかげで筋肉痛になってしまった。
 
昨日はその手伝いの後に12キロほど軽くジョギングをしたのだけど、それは一週間ぶりのジョギングだった。今朝起きた時筋肉が痛くて、最初そのせいかと思ったくらいだ。さすがにそれは無いだろうと考えてみて野球のせいだったということに気がついた次第だ。
 
逆に言うと、やっぱりスクワットとかそういう運動も走るために必要なんだろう。ただ走っていてもほとんど使わなくて鍛えられていない足の筋肉はたくさんあるようだ。逆にそういう筋肉を鍛えられればマラソンとかも少しはタイムが良くなるのかも知れない。なにしろ今日は色々な箇所が痛くて歩くのもままならないぐらいだ。
 
まあ普通に走るために鍛えなければならない筋肉もまともに鍛えられていないのでそちらのほうが最優先なのだろうけど、少なくともたかが野球練習にちょっと付き合ったぐらいで、こんなに筋肉痛になるのはとっても恥ずかしいので何とかしないといけない。

Written by takaos

March 2, 2010 at 5:00 am

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ウーリートレイルマラソン

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Sedro Wooleyという場所で開かれたマラソンに参加してきた。
 
 
Wooleyというとどうも「ウォーリーをさがせ」を思い出してしまい走っている最中にもどこかにいないかきょろきょろしてしまいそうになった。Sedro Wooleyという街はシアトルから北に一時間半ほど行った場所にあって、チューリップで有名な(?)ラコーナーに近い。そこにほとんど高低差のない線路が通っていたようで、廃線になって砂利の遊歩道になっている。そこをひたすら東に走っていって折り返すというのが今日のコースだった。
 
朝7時スタートで午後2時に撤収ということで余裕もある気がしたのだけど『フルマラソンで4時間半以上掛かる人は6時スタートを検討ください』みたいなことが書いてあったので、そうすることにした。当然のごとく前日金曜日はなんだかんだで忙しく寝たのは1時。3時半に目覚ましを掛けて強制的に起きた。4時にでれば良いと思っていたのでもう一度ベッドに戻ることも考えたのだけどそのまま寝入ってしまっても困るのでやめた。4時には家を出発して5時半頃に無事目的地に到着した。
 
全く考えていなかったのだけどこの時期だと6時半頃までは明るくならない事をその場で知った。トレイル上は足元が全く見えない。仕方がないのでライトを持っている人の後についていくことにした。スタートは二人ほどトイレに出掛けた人がいて、6時5分になった。その辺の適当さ(親切さ?)は相変わらずだ。8人くらいこの6時スタートを選んだと思うんだけど、女性二人が二組ほど先頭になり、自分はその次になったので、彼女たちに事情を説明して一緒に走らせてもらうことになった。(何にも言わなかったら気持ち悪いだろう。。。)『私たちはゆっくりよ』みたいな事を言われたのだけど、冷え切った身体で朝6時から力を入れて走る気は全くなかったのでゆっくりペースが嬉しかった。時期に先頭の二人と離れだしたので、こんどはそちらに合流して一緒に走った。それでもほかの人たちは更にゆっくりなようで、ライトがいらなくなり掛けた頃には、後ろの人たちが見えないほどになった。その二人が靴に入った砂利を取るか何かでとまったので、そのまま走る続けることにした。ライトはもういらない。繰上げスタートとはいえ、レースの先頭を走るなんて事は初めてかも知れない。普通は繰り上げスタートの中にもかなり早い人がいてそういう人たちが最初から飛ばして、当然ついていけない。
 
コースは本当に単調な道でただひたすら、砂利の上を走る。ただ6キロほど行った所で今までとだいぶ様子が変わって、道が整備されていない感じで狭くなる。その手前で左のほうに分岐していたのでもしかしたらそちらがトレイルだったのかも知れないと不安になる。まったくもって先頭は慣れていない。立ち止まって後続が来るのを待ってみたのだけどいつのまにか引き離してしまったようで、いつまで経ってもこない。仕方がないからそのまま進むことにした。そうしたらまた元のようなトレイルに戻ったので正解だったことが分かった。
 
ハーフマラソンと50kも併催されていて、それぞれの折り返し地点が補給所になっていた。つまり10キロぐらいのところで補給所についた。補給所を一番に通過するのも初体験だ。ゲータレードというには限りなく水に近い飲み物をもらって進む。20キロ程度までなら水はなくても走れるのだけど、フルマラソンを走るには喉が渇く前に水を早めに飲んでおく。
 
その後はどんどん日が昇っていった。両方に山が見えるので、日が昇るにつれて変化する景色は素晴らしかった。コースのまわりは牧場とかがあって、住宅地もあったし、川もあった。小川もたくさん横切っているので橋が掛けてある。一箇所だけ、川か池のせいでコースが分断されていて、そこだけは横を走っている車道に移る。これ以外はとにかくほぼまっすぐトレイルコースを走るだけだった。走行しているうちに21キロの折り返し地点に抜かれずにたどり着いてしまった。1時間(正確には55分)のハンディをもらっていて折り返し地点で2時間15分が経過していたので、規定時間にスタートしたら1時間20分で折り返し地点までこないと抜かれないことになる。大きな大会ならば1時間20分の倍つまり2時間40分程度でフルマラソンを完走してしまう人もいるだろうけど今日はいなかったようだ。ほかにも1時間じゃなくて、30分まえとかにスタートした人もいたらしいけど、彼らにもなんとか抜かれなかった。もちろんありえないほどのハンデをもらっているのだけど、折り返し地点を先頭で通過するというのはちょっと感激してしまった。それでも折り返し地点にいた人は自分が本当の先頭ではないことを見破っていたようだ。きっと見るからにヘロヘロだったのだろう。
 
折り返して3~4分で最初に次の人にすれ違ったので、6~8分程度後ろを走っていたことが分かった。その後はどんどんすれ違う。といっても参加人数は少ない。その中にはみるからに正規の時間に出発した人が混じっている。走りの勢いが違う。
 
案の定、折り返し地点を過ぎて、しばらくしたら勢いのある男性ランナーに抜かれてしまった。その後はもう一人女性ランナーにも抜かれた。そういうしているうちに恐らく一緒にスタートした男性と女性にも抜かれて、ゴール近くで更にもう一人一緒にスタートした女性ランナーに抜かれた。それでも少なくともスタートしてから一緒に走ってもらった女性4人には抜かれなかった気がする。まあ実際には自分の着順なんかは全く気にしていないのでどうでも良いことなのだけど。
 
前半の勢いがなくなって、後半折り返してからはゴールまで2時間43分も掛かってしまった。結果は4時間58分47秒。とりあえず目標の5時間は切れたのが嬉しい。果たして4時間を切れるような状態まで持っていけるんだろうか。
 
ちなみに時間と距離を気にしながら5時間は切れたいと思って走っていて、手持ちのGPSを気にしていたのだけど、なぜか復路の方が往路より400メートル近く長く計測されてしまっていたので、最後に焦った。折り返し地点までの計測距離を覚えていたので(21.3キロ)、当然帰路も同じだと思っていた。(ちなみにこういう場合フルマラソンの距離の半分21.1キロとなることなどは滅多にない。)何とか少し余裕を残してゴールにたどり着けると思ったらゴールは更にその先400メートルぐらいのところにあったものだから大変だった。5時間を諦めようかとも思ったけど、今後につなげて行きたいので「是非」と思い、何とか5時間前にゴールしたという訳だ。
 
ゴールしてソーダを一缶もらいほぼ一気に飲んでしまった。車に戻って上着を着替えて、またゴール地点に言って主催者スコットさん特製のホットドッグをほうばった。普通のソーセージなんだろうけど、その場でグリルで焼いてあって美味しい。これで三回目だろうか。
 
今日は後半全くだめだったのはやはり長い距離を普段走ってないからに他ならないと思う。もう少しまじめに走ろう。

Written by takaos

February 21, 2010 at 3:27 am

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my marathon schedule

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The deal was that I’d be running only one marathon a month, but not more than that.
 
It was because I just ran too much* in the second half of the year last year, and the other personal matters were noticeably put behind.
 
So, I ran one marathon in January, and I will run only one in February. However, there are now some possibilities came up and I may not be able to keep this original plan of "once-a-month" after spring.  I already have booked a couple, Tacoma marathon in May, and Seattle Rock’n Roll marathon in June, but it’s not clear if I can make it especially the Rock’n Roll one.
 
My hope is to come back on this pace after summer, but it’s still not clear what’s going to happen to it.
 
So, I think what I am going to do is run a couple more in spring, and my marathon participation may still average out to once-a-month.  There is no commitment, so I don’t have to run one marathon a month, or 12 marathons a year in year 2010, but I am almost using this as an excuse to join a couple of very cool events.
 
I will see how this will turn out Smile.
 
 
* It’s not too much at all comparing to the "standards" of the members of the marathon club that I have joined.

Written by takaos

February 8, 2010 at 5:18 pm

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rebuilding mailbox station

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As almost always for any "projects" this one turned to be bigger than originally estimated.

However, I am quite happy with the result, and hopefully it will last another 10 to 20 years.

It was about a month ago when I chatted with my neighbor and talked about it. The cedar roof was really dying, but I wasn’t sure if people actually liked the "aged" look or not. I found out not only the one I talked but the other ones were also wondering if we could rebuild it at some point. Since it seemed to be a piece of cake, I took it on, and signed up to rebuild it.

It was indeed fun to work on the project even though I had very limited time mostly during the weekends, There were three challenges; removing old posts, getting some of the materials, and getting rid of the debris.

Removing old posts: There was no way for me to just pull them up, so I cut them at the top of the metal pieces holding them. I just didn’t realize how deep the holes were. I think I ended up spending over 4 hours, or an entire afternoon on the first Saturday to completely remove them. I felt like I became an endodontist to do a rook canal little by little. The holes were like one foot deep under the ground.

Getting materials: I don’t have a big car or a truck, and the distance between the posts was like 10 feet. I decided to recycle the beams used for my backyard deck. I am in the middle of demolishing it, but the beams were actually in good shape. I just had to remove all the nails, and cut them to smaller pieces. I had to use plywood for the roof base, but I didn’t want to buy the big one. I then bought a 8×4 piece, and asked the Home Depot to cut them in 3 pieces. I was then able to carry it/them back home.

Getting rid of the debris: The old roof was removed as is, and I left it on the sidewalk overnight. Some kids from neighbor came, and they ride bicycles on it, or something. When I came home, it was quite messed up, and I realized I’d have to get rid of it off the street. It’s bulky so I decided to cut it in pieces and burn in my fireplace in the living room. It took me a few days, but it worked.

Here is some before and after pictures.

     

The second set of the pictures don’t look good as if the middle beams are not leveled at all. However, it’s not the case, and the street is very slanted, like one pole is almost one foot longer than the other one.

Anyway, the design goal was to create the station with almost the exact same dimensions, and it turned to be that way even the angle of the roof. I used some water resistant stain to preserve the wood, and asphalt shingles to match the materials of the houses around it. It took me three weekends, but it was worth it.

Written by takaos

February 5, 2010 at 9:59 pm

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ミミズコンポスト

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ふと思いついてミミズコンポストを始めてみることにした。
 
ミミズを使わない普通のコンポストも考えてみたのだけど、(1)ミミズを使ったコンポストは出来上がる『土』がとっても栄養があるということと、(2)生ゴミなどの処理能力がとっても高いということと、(3)処理するミミズがどんどん増えるので、ミミズを育てるという面白さもある、といったことが理由になって選んでみた。
 
といってもまったくの素人なのでよくわからない。インターネットにはいくらかの資料はあるのだけど、なんだか余りよくわからない。まあ、完全に理解するまで待っていたら一向に始まらないのでとりあえず入れ物を用意して、ミミズを購入し始めてみることにした。
 
ミミズコンポストといっても色々と種類があるようなのだけど、今回は普通の木材で箱を作ってみた。奥行き60センチ、幅90センチ、深さ25センチくらいの箱を安いマツの木材を使った。ニスなどを塗りたいところだけど中に生き物が住むのでニスが毒性であっても困るし、通気を悪くしても困るので、そのままにすることにした。上部にはふたをつけて簡単に開閉できるようにした。
 
ミミズはインターネットで探してみたら良い感じのところ(http://www.unclejimswormfarm.com)が見つかったので先週注文した。月曜日に発送され木曜日に到着した。大型のミミズが500匹で40ドルだった。普通に普通郵便で送られてきたのだけど思ったより小さい箱でVHSテープぐらいの大きさだった。
 
いきなり生ゴミを処理してもらうのも気がひけるので、とりあえず普通の土を箱の左側に入れて、その土の上にミミズを放した。1/4くらいは死んでいるような気もしたのだけど、10分もしたらみんな土の中にもぐって見えなくなったので大丈夫だったのだろう。その時点で箱についてきた説明書を読んでみたら、『ミミズは脱水状態で配達されるのでまずコップ半分程度の水を掛けるように』との注意書きがあった。今更拾う訳にも行かないのでそのまま上から水を少々掛けてみることにした。なんでもミミズは70%まで体重が減っても五日ほどなら生き延びれるそうで、そういう状態でいると出荷中に凍死したり、熱で死んだりすることが防げるらしい。実際にはそれほど脱水状態ではなく比較的元気だった気がした。
 
箱の中の右側にしばらく袋の中に放置してあった落ち葉を敷いてみた。しばらくは生ゴミなどは入れずにこのままで様子を見てみようと思う。
 

<箱の中にミミズを放した直後>

<落ち葉を右半分に敷いた後。すでにほとんどのミミズは土の中に潜り込んでしまっている。>

Written by takaos

January 23, 2010 at 9:11 am

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ホットメール10年

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Hotmailから『10 年間の Hotmail の ご愛顧に感謝します』という題名のメールが送られてきた。
 
このアカウントは取得してからもう10年も経つということだ。メールボックスを見てみると2434通のメールが『Inbox』に入っている。ほかにもいくつかフォルダーがあるので、合計すると3729通ものメールをこのアカウントで保存してあることに気がついた。一番古いメールで保存してあるのは1999年9月にボストンの友人から届いたものだった。
 
Hotmailから送られてきたメールによると10年前の今頃はWindows98が最新OSで、スパイスガールズが流行っていて、携帯電話の普及に懐疑的な人が多かった、という感じだったそうだ。自分で言うとシアトルに本格的に住み始めてまだ数年しか経っていないという時期だったと思う。つい最近のことだったような気もするし遠い昔のことだったような気もする。

Written by takaos

January 22, 2010 at 2:39 am

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宝くじの当選確率

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昨日三浦綾子さんのエッセイを読んでいた。
 
その中に『たくさんの白い豆と赤い豆を混ぜたあと、半分に分けたときに、白い豆と赤い豆が完全に分かれるというのが奇跡だ』みたいな文が引用されていた。そこでこの『たくさん』というのがどれくらいの量を指すのか興味を持ったので調べてみることにした。
 
以前に『宝くじを連番で買った場合とバラで買った場合』を調べてみたのだけど、果たして一等が当たる確率がいくつくらいの豆の数に匹敵するのかという比較が現実感のある比較に思えたので。
 
http://www.takarakuji.mizuhobank.co.jp/topics/index.html によると『初夢宝くじ(第2087回東京都宝くじ)』は900万枚売りに出されてその中に一等8000万円が一本あるらしい。初夢宝くじというのも地域ごとに色々な種類があって、東京都のだと一等賞が当たる確率は若干低くなっているがまあ大した問題じゃない。つまり『900万分の一』を『奇跡の起こる確率』として計算することにした。
 
白と赤の豆が同じ数だけ合計x個入っている袋があったとする。そこから最初に1個豆を取る。
 
袋に残っている同じ色の豆の数は全体の豆の数の半分から一つ引いたものだから、その数を袋に残っている全体の豆の数で割ると、次にもう一つ豆を取ったときに最初の豆と一緒の色になる確率になる。同じようにして次の色が同じ色になる確率を出して、その前までの豆の色が同じになる確率に掛けると、取り出した全体が同じ色になる確率になる。こうして全体がいくつの時に半分まで取り出し時に取り出した豆の色が全部同じになる確率がわかる。計算式で出そうとするとちょっと面倒そうだけど、Excelというとっても便利なアプリがあるので簡単に求められる。
 
赤い豆が13個と白い豆が13個入っている袋を半分に分けたときに色が完全に分かれる確率が5,200,300分の一になった。14個づつだと、約2000万分の一になってしまうので、ちょっと多過ぎる。
 
つまり合計26個の豆が綺麗に分かれる確率が、東京都の初夢宝くじが当たる確率とそれほど変わらないということになる。
 
『合計26個の二色の豆を混ぜて半分に分けたときにそれがそれぞれ完全に分かれるかやってみろ』と言われたら『そんなのが起きるのは奇跡だ』と確かに思うので、『たくさん』というのがこの位の数というのが納得できたし、改めて宝くじで一等が当たる確率の低さを実感できた(気がする)。
 
 
 
実は先ほどこの記事をポストした後に計算式が間違っていることに気がついたので、これは書き直しだ。確率は色々勉強したのだけど初歩の初歩で間違えてしまっていた。果たして今回の計算式が正しいか自信も無いのだけど、まあそれほどは間違っていないと思う。

Written by takaos

January 12, 2010 at 3:08 am

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ブライダル・トレイル・マラソン (Bridle Trails Winter Trail Running Festival)

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午後三時にスタートするという珍しい大会に出場した。
 
 
この時期のシアトルは4時半くらいから暗くなって5時には真っ暗になってしまう。コース上に街灯はほとんどないので、3分の2以上は懐中電灯を持って走る必要がある。50キロのレースだから早い人は4時間以内で走ってしまうけど、自分の目標タイムは7時間半だった。午後3時ちょうどにスタートかと思ったら併催された5マイルレースや10マイルレースのスタートが最初にあったので50キロがスタートしたのは3時18分くらいだった。
 
“余裕を持って”一時間前に会場に着くようにしたのだけど、既に駐車場は大賑わいだった。コース上のすぐ近くに停めて補給基地にする積もりだったのだけど数百メートル離れてしまったのでドロップバッグに必要なものを詰めてコース上に置いておく事にする。
 
50キロは一周5マイル強(8キロちょっと)の周回コースを6周する。全コース未舗装で、砂利の場所もあるけど、土、つまり泥の場所が大半を占めている。金曜日はほぼ一日中雨だったので、場所によってはドロドロになっていた。けれども予想外に水溜りは少なくて避けて通れない水溜りはなかったので、靴下は最後まで濡れなかった。けれどドロドロの場所を通ったので靴は当然泥だらけになってしまった。コースはとってもよくマーキングされていたので迷うことは一度も無かった。間違えて入ってしまいそうな道は黄色のテープが貼ってあったし、暗闇で光るグロースティック(蛍光棒?)がふんだんにコース上にぶら下がっていたのでコースアウトを疑うことなく走り続けることが出来た。それほど標高差は無いと思うけど若干の登り下りはある。それよりもコースの中間地点ぐらいで500メートル位の区間ほんとうに泥だらけの場所があって、その部分はほとんど走れなかった。早いランナーたちは恐らく泥を気にせずにどんどん走ったのだろうけど。
 
最初の周は全く懐中電灯が不要だったけど、二周目の中盤から場所によって必要になってきた。後半はすっかり日が沈んで真っ暗になった。後半で懐中電灯を持参してこなかった10マイルレースの参加者に追い付いた。真っ暗で足元もみえずゆっくりと進んでいたのだろう。先導して500メートルほど一緒に走り彼女は無事ゴールすることが出来た。最初の四周は11月からほとんど全大会で一緒に走っているR氏と一緒に走った。今回はキュートなLさんも一緒だった。四周目から彼らに付いて行くのが苦しくなってきたので、四周目を終えて補給所に戻った時点で、『これで限界だ』といって彼らに先に行ってもらった。
 
五周目後半にトラブルが発生した。懐中電灯(ヘッドランプ)の電池が消耗してしまい光量がかなり落ちてしまった。見えないことはないのだけど、視力が半分ぐらいになってしまったような気分だった。かなり疲れていたことと重なって二度ほど足をとられてバランスをくずし転びそうになった。幸い転びはしなかったものの二度とももう少しで足が攣りそうになった。それでも何とか五周目を終えて補給所に戻ってきた。予備に持っていた乾電池に交換したら明るさが10倍ぐらいになって復活した。
 
電池交換などで手間取ったため逆に良い休憩となったのか、六周目はまた元気が復活した。足元が良く見えるのでペースも五周目とは比べ物にならない。まあ、といっても遅いペースではあるのだけどもしかしたら7時間を切れるのではという淡い期待を抱いて走った。この周になると追い抜いていく人は全くいなかった。ほとんどの人はもうレースを終えているか、自分の前で最後の周を走っているのだろう。暗闇の中を淡々と走る。まだコース上には前にも後ろにもランナーがいるはずだしゴール地点にはそれなりの人数が残っているのは分かっているのだけど、それなりに怖い。本編を観てはいないけど何度か『ブレアウィッチ』の逃げ惑うシーンを思い出してしまう。
 
残念ながらゴール前で7時間を経過してしまった。それでもそれから五分後ぐらいにゴールすることが出来た。ゴール地点には4周目まで一緒に走った二人がいて『五分ほど前に着いたばかりだよ。すぐ後ろを走っていたんだね。』といって声を掛けてくれた。それから彼らと10分ほど椅子に座って話をしてからカラダも冷えてきたので会場を後にした。あれほど一杯だった駐車場も車はまばらだった。

Written by takaos

January 10, 2010 at 8:37 pm

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12月のマラソン

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先週末に今年最後のマラソン大会に参加した。
 
 
シダー・リバー・トレイルというコースで元々線路だったところが遊歩道になっている。最初の8キロぐらいは砂利道で、残りの13キロ位は舗装路だった。折り返しコースなので同じ道を戻ってくる。元々線路だっただけあって本当に平坦なコースだった。もしかしたら今までで一番平坦なコースだったかもしれない。エイドステーションは砂利道から舗装路に変わるところに一箇所あって往路と復路で利用できる。このほかに折り返し地点からさほど離れていないところにもセルフサービス用のポリタンクみたいなものがおいてあった。レース中は大体霧雨だったので持参した水(キャメルバッグ)1リットルでほぼ十分だった。復路でエイドステーションによってスナックを少しもらい、水も補給したけど必要なかったかも知れないぐらいだった。
 
この大会は久しぶりにES(Early Start=遅いので正規の時間より早めにスタートすることで、もちろんその分タイムは加算される)が無かったので参加者全員とスタートが一緒だった。100人程度の大会だけど、最近は10人とか5人でスタートするというパターンが多かったので100人一緒にスタートした時には『大きな大会』という感じがした。
 
今回のタイムは5時間38秒。5時間を目指していたので残念だった。もしかしたら5時間を切れるかと思いつつなかなかゴールが見えないので諦めてしまったのだけど、カーブを曲がったらほんのすぐ先にゴールがあった。もう少し遠くからゴールが見えていたら5時間切りに必死になっていたかも知れない。途中距離表示は一切無いので手持ちのGPSが頼りだったのだけど途中で衛星を見失ったらしくまともな距離を表示してくれなかった。『Pigtails Flat Ass』という大会名だったのだけど、ゴールではブタの鈴みたいなものをメダルとしてくれた。参加費は5ドルだけだったので記念品までもらえるのは期待していなかった。
 
話しは前後してしまうのだけど、その一週間前にバーチ・ベイで開かれたもう一つのマラソン大会に参加した。
 
 
コースのあるバーチ・ベイ(Birch Bay)はワシントン州のほぼ最北端でカナダ国境のすぐ近くだ。半島になっていてカナダまで泳いでいけそうなくらいの距離だ。もちろん国境警備隊が巡視船で目を光らせているのでそういうことは出来ない。
 
今回驚いたのは、タイヤを引っ張って走っている人に出会ったことだ。何でもかなり厳しい大会に参加するための練習としてこの大会に参加しているそうで、普通の乗用車の大きなタイヤをひきずりながら走っていた。コーススタート地点からちょっと走った所にある周回コースを二周してスタート地点に戻ってくるというコースで、さすがに二周目のループではタイヤを引きずっていなかった。どこかに置いておいて後で回収したんだろう。
 
この大会では先日マメをつくってしまったシューズを履いて再度挑戦したのだけど、また同じところにマメをつくってしまった。20キロほど走ったところにあるエイドステーションでバンドエイドとガムテープで応急措置をしてもらって走った。その後はさほど気にならずに走れたのだけど、この靴は合わないんだろうか。マラソンを始めてからマメなどに悩まされた経験が無かっただけに、どうしても靴を疑ってしまう。そんな訳でゆっくり走って5時間33分55秒掛けてゴールした。
 
今年前半は全く走らなかったのだけど、後半は6月末のシアトルロックンロールマラソンから数えて、12月の二大会を含めると合計11回の大会に参加した。昨年春頃のコンディションに持って行きたいのだけどサボった期間が長過ぎたせいかなかなか戻らない。まあ今年後半はタイムは全く気にせず数をこなすということに焦点をあてていたので、その目標は何とか達成できたと思う。
 
来年は何とかもう少しまじめに走って、サブフォー(4時間以内の完走)を目指したい。
 

Written by takaos

December 23, 2009 at 3:11 am

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